富平の文化
文化的特徴
富平は、古くから圓寂山(旧鉄馬山)と満月山を境界として仁川地域とは
異なる文化を育んで来た。
富平の古代文化圏は、富平平野を中心とする農耕文化圏であり、
その伝統文化の根は農業関連の風物(プンムル:農楽とも言う。
韓国の伝統的な打楽器演奏)からたくさん見られる。
現在、宅地開発のため埋め立てている三山洞宅地開発地域は、
古くから風物(農楽)が盛んだったところであり、その技が現在まで引き継がれ
て三山風物(農楽)として発展してきた。また、三山洞には洞祭(村の安寧と繁栄を祈る儀式)を行なった所でもある。
現在、当時の風物(農楽)団が使った「農者天下之大本也」(1891年製作)の旗は、富平郷土史料展示館に寄贈されて保管・展示している。
そして、30年前は、富平東小学校等で毎年農楽コンテストが開催されるなど風物(農楽)が非常に盛んだったが、今もこの伝統を引き継ぐため1997年から東風物コンテストと全国学生風物大会を開催している。
また、富平地域の伝統遊びとしてチォンワンペ遊びなどがあったが、現在、それを知っている人は少数の郷土遊びに興味を持っている人に限られている。今の時代を生きている我々は、忘れかけている富平の伝統文化を我々の子孫に引き継ぐため伝統文化の復元作業を急がなければならない。
また、富平駅と富平2洞(サムヌン)、富平市場を中心とする富平区民の哀歓が込められている市場文化は40~50年余りの歴史を持っているが、現在、昔の姿は無くなりつつある。現在、富平には、輸出4工業団地をはじめ、大宇自動車などのたくさんの工場があるが、1998年の経済危機や新しい工業団地への移住などで大きな工場団地が住居地域(マンション団地)に変わり、大規模の宅地開発によって大部分の田んぼが埋め立てられて我々の子供に身近なところで稲作文化を紹介できなくなるなど富平の姿は変わりつつある。